ある日、若い男の子が改まった席で、自分をアピールする機会に間接的に関わった時のこと。

どこかのマニュアル本を完全コピーしたようによどみなく話をしている声を聞き、違和感を覚えた。

まるで機械がしゃべっているみたいだ・・・。

次に彼にとっては想定外のことが質問として投げられた時の深い沈黙と長い間。

途切れ途切れに質問に答えようとするうわずった声に、逆に人間味を感じてみたり。

表情の硬さと歩いているのに地面に足がついていないような雰囲気もあった。

この子、大丈夫?という思いが私の中に残った。

コミュニケーション能力という言葉が定着した世の中で、そのことを意識してゆかないといけない時代になったことを改めて感じさせる出来事でもあった。

 

 

人と話していると言葉が入ってくる人とそうでない人がいる。

入ってこない言葉とは、形式的で、便宜的で、誰かが机の上で考えた文を事務的に読んでいたり、自分の言葉ではない言葉で話しているから、どことなく説得力に欠け、退屈に感じる。

話が入ってくる人というのは、その人のさまざまな経験から生まれてきた言葉やその人自身が感じ取ったものを自分の言葉で話している。生きた言葉には自然と聞き入ってしまうものかもしれない。

 

 

最近、ニュースを見ていると思うことがある。

もしも自分の想いを伝える言葉というものを持っていたならば、起こらなくてもよい出来事が世の中にはたくさんあるのではないかと。

 

言葉の語彙が足りなくて、うまく自分の感情を表現できなくて、想いを伝えられなくて、もやもやしている感じが手に取るように伝わってくる時がある。

若かりし頃、「自分の言葉で意思を不器用にでもいいから、伝えられることができたら・・・」と思い詰めていた時期が私にはあった。伝えたいことは胸一杯に、溢れるほどにあるのに、うまく伝えられない・・・。

自分が求めるニュアンスに追いつくような言葉が欲しかったし、フィットする言葉が欲しくて、言葉をたくさん集めることが必要だと思い、中古本市に通っては、手を真っ黒にしながら、好みの本を探し求め、乱読していた。

やがて、疑問に思うことがあったり、困った時は、本を探し、読む習慣がついた。

 

短い単語の奥に凝縮する想像の宇宙が広がる詩の世界。

緻密な描写に息を飲む小説。

ライターの現実を追った息遣いを感じるノンフィクション。

首っ引きで言葉自体を眺める国語辞典や広辞苑。

 

他者の言葉の使い方から、得られる表現方法を自然と吸収しているみたいだ。

言葉はさまざまな色彩を帯び、言葉の言い回し一つで、世界が広がるさまを目の当たりにする。

人生が豊かになる宝が本の中には詰まっているように感じる。

その蓄積はやがて精神の地層となり、自分自身の経験も合わさり、やがて自分自身の言葉が生まれてくるのではないかと思う。

 

 

言葉のことを考えていたら、一冊の本の中に共感するくだりがあった。

「言葉が堕落してしまえば、人は現実を認識できなくなります。なぜなら人は、言葉で再構成するから。現実を認識できなくなった人は、ハチャメチャな人生を歩むことになります。社会全体が現実を認識する能力を失えば、社会は暴走してしまうでしょう。

言葉が大切であるのは、世界を認識するために不可欠だからです。そのために、言葉を常に正される必要があります。言葉が歪んでしまうと、すべては歪んでしまいます。言葉を正すには、自らの感覚に一致した言葉を、いかなる状況においても使い続ける必要があります。この勇気が、言葉を守ります。言葉を守ることが、認識を守り、認識を守ることが行為を守ります。言葉と行為が一致することが、社会を守るために何よりも大切なことです。」(安富 歩)

想いと言葉と行動を一致させることは、口で言うより難しいことでもある。

けれど、そのことを実践しようと試みている人を見掛けるとそろって、生き生きと魅力的な人が多いのも事実である。

 

借りのものではない、自分にとっての言葉を探したいと思う。

 

マスメディアの中から与えられた言葉だけではなく、自分自身の中にある思いを感じ、自分の頭で考え、大事に守ってゆく必要があると最近になって、余計にそう思う。

最後に、先日のニューヨークで開かれた国連・気候行動サミットでスピーチした16歳のスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんには深く共感し、感動した。まさに、自分の言葉で彼女はメッセージを伝えている。

[地球温暖化対策サミットからの映像]

≪参考文献≫

「幻影からの脱出 ~原発危機と東大話法を越えて」安富 歩・著 (明石書店)

髙橋 典子

画 家

岩手生まれ、宮城県亘理町在住。

2004年から個展活動開始。
個展、グループ展多数。

Horizon(水平線・地平線)をテーマに、日常の中、自己が感じたリアリティーを色彩に置き換えた半具象的な平面作品をミクストメディアで製作。

宮城県をベースとし、関東・関西でも展示。

2016年親かめ子かめにて個展「自然形象~Human as a part of nature」開催。

2016年、2018年、海外遠征グループ・宙色Japan「日仏交流展SUMI」(Espace Japon/フランス・パリ)に参加。

文筆作業として、河北新報・夕刊「まちかどエッセイ」にて連載。
(2016年10月から2017年2月)
また、2014年1月から、ブログ「My Horizon」を開始。
絵の製作のことや日々、感じているモノゴトを綴っている。

”描くことと書くこと”に喜びを感じながら創作活動を行っている。

http://noriko-takahashi.hatenablog.com/

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